
2020年の4月以降、コロナ禍が原因と思われる患者さんが私のクリニックでも目に見えて増えてきました。痛みで来院されるほとんどの患者さんは、「歯の痛み=むし歯の悪化」と思い込んで来院されます。しかしその実態はストレスが原因の「歯の捻挫」だったのです。お口の痛みのメカニズムから、その実態を解説していきます。
コロナ禍で増えた歯の不調
2020年の4月以降、コロナ禍が原因と思われる患者さんが私のクリニックでも目に見えて増えてきました。痛みで来院されるほとんどの患者さんは、「歯の痛み=むし歯の悪化」と思い込んで来院されます。
実際には、痛むようなむし歯が無い歯や、すでに神経を取ってある治療済みの歯が痛んでいることが多いのです。神経が残っていて、穴が開いている状態のむし歯は近年ほとんど診ることがなくなりました。
昭和の時代、かつて「むし歯の洪水」と呼ばれた時代には、そうした穴の開いたむし歯で痛みを訴える患者さんで診療室は溢れかえっていたのです。
やがて平成の時代になってむし歯は激減しはじめ、いまや「むし歯の枯渇」の時代となっています。では、むし歯のない歯や治療済みの歯が痛むのはなぜなのでしょうか?
歯の痛みはなぜ強いのか?
私がまだ歯学部の学生だった頃、専門課程に入った一年次の生理学の実習がとても印象に残っています。
爪楊枝を使って口の周り、口の中、腕、足の皮膚をチクチクと刺激して、痛みとして感じる点、いわゆる痛点の数を数えるというものでした。手軽にできますから読者の皆さんもぜひ試してみてください。
実習を通して理解したことは、口の周りや口の粘膜には数多くの痛点が存在するということでした。このことは、有名なホムンクルスの図に象徴的に描かれているのですが、通常はほとんど意識されることのない事実です。
食べたり話したりする事は、高度な口の動きを必要としますので、このように多くの大脳皮質が使われる必然性があるのですが、運動神経と同様に知覚神経も網の目を張り巡らしているのが口の中なのです。
おかげで私たちは五味を味わい分け、さまざまな食感を楽しむことや、会話を楽しみながら食事を愉しむという、アクロバティックなお口の動きも可能なのです。
いっぽうで、さまざまな要因で粘膜に潰瘍を形成したり、歯の神経や歯周組織が炎症を起こしたりすると、そのシグナルはかなり密度の高い情報として脳に伝わります。せいぜい1センチ平方にも満たない範囲の炎症による痛みですが、脳に伝わる痛みの信号は相当なものになり、人が感じる痛みの中では、一番か二番になる痛みといわれています。
若い世代には想像がつかない痛みと思いますが、昭和の「むし歯の洪水」の時代を駆け抜けた70歳前後の親世代に訊ねてみられると、その痛みの強烈さを語ってくれるかもしれません。
余談ですが、70歳前後の世代というのは、さだまさしの「雨やどり」の歌詞に歌われた世代です。その歌詞の中の登場人物は「前歯から右に四番目に虫歯があり」、笑うと「口元から虫歯がキラリン」と光ると歌われています。今ではあまり見かけなくなりましたが、当時の若者は歌詞になるくらい虫歯が流行っていたのです。
むし歯のない歯が痛むのはなぜ?
歯が痛みを感じる原因は、三叉神経痛や悪性腫瘍によるものを除けば、多くは炎症によるものです。
「むし歯の洪水」時代には、穴が開くほどのむし歯から歯髄に感染をおこしたことによる「歯痛」が多くを占めていました。
では、むし歯は減っているのに歯が痛むのは何故なのでしょうか。その理由は「感染性の炎症」と「歯の捻挫」によるものでした。
感染性の炎症
「歯痛」の原因となった歯の多くは神経を取ってありますが、根っこの先の部分に嫌気性の菌が残っている可能性もあります。その菌が急性炎症を起こすと、「歯が浮いた」「噛むと痛い」「歯茎が腫れた」などの症状を招きます。
急性炎症ですから、急性期が過ぎれば症状は収まるのですが、忘れた頃にまた急性症状を呈する可能性は残ります。
「歯の捻挫」その原因はストレス
もう一つの外傷性の炎症は、いわば「歯の捻挫」です。「えっ!歯も捻挫するの?」と思われるかもしれませんが、中国の故事に「切歯扼腕」という四字熟語があるように、心理的ストレスで、歯ぎしりや噛みしめをすることがあるのです。
寝ている時の「切歯」(歯ぎしりやくいしばりの意味)は、普段は周りに迷惑をかけるだけで済みますが、時には特段強い「切歯」をすることがあります。
それが「歯の捻挫」を引き起こすと、軽いときは知覚過敏程度で済みますが、重いときは本当のむし歯に近い痛み方を引き起こすのです。
歯の噛み合う力は、最大約60キロもあり、その破壊力は侮れません。場合によっては歯を割ってしまうことも珍しくないのです。実際、私自身も40代後半にクリニックの移転等でストレスを抱えた時期に、奥歯を3本割ってしまいました。
歯からのメッセージに耳を傾けて!
コロナ禍以外でも、私たちは様々なストレスにさらされています。以前からこういう患者さんは時折見えられていたのですが、2020年の4月からは目に見えて増えてきました。
歯科医という仕事は、実は患者さんのストレスが目に見える仕事なのですが、患者さん自身で「ストレスと歯の症状」に気づいている方はほとんどおらず、歯に異常が起きたと思って来院されます。「捻挫」ですから、局所の安静休養を心がけるようアドバイスし、必要に応じて鎮痛消炎剤を処方します。
他の部位の捻挫と同様に、おおよそ10日から2週間程度で症状は治まるのが一般的な経過となります。
いかがでしたでしょうか。今回は、40代以下の世代にも起こりえる「歯の捻挫」についてお話しました。次回は「雨やどり」世代に多い、神経を過去に取っている歯の痛みについてもお話したいと思います。
