(画像=※写真はイメージです/PIXTA)
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日々を生きるうえで、調子がよくなかったり、体調を崩してしまう、ということは、誰にでもあることです。しかし、歌舞伎役者は、初日から千秋楽までの長い間、毎日舞台に立ち、毎回最良のパフォーマンスが求められます。身体の状態を保つためには、どのような意識が必要なのでしょうか。歌舞伎役者の片岡孝太郎さんが、自分の身体に向き合うことの大切さについて語ります。

目次

  1. 着物姿の美しい魅せ方
  2. 正座のコツと立ち居振る舞い
  3. 身体と対話する
  4. 怪我をしてしまったら
  5. 自分なりに客観的に

着物姿の美しい魅せ方

現代では日常的に着物を着る機会は少なくなりましたが、お正月や特別な日の装いとしてお召しになりたいという声はしばしばお聞きします。そして歌舞伎俳優という仕事柄、着崩れないコツや着物での美しい所作などについてご質問をいただくことがあります。

新型コロナウィルス感染拡大による自粛要請にもようやく明るい兆しが見え、少しずつ世の中が活気を取り戻しつつある中、着物での外出の機会に備えてまずはそんなお話から始めてみたいと思います。

ひとつ大切だと思うのは、「洋装の時とは根本的に意識を変える」ということです。それにはまず洋服と着物の構造の違いを理解する必要があるでしょう。

着物は洋服のように立体的につくられていません。平面的に裁断され縫製された布に帯を結ぶことによって身にまとっているのですから、ボタンやファスナーのついた洋服と同じつもりで行動したのでは、当然のように着崩れてしまいます。

そこで気をつけたいのが、「身幅を意識する」ということです。歩幅はもちろん、手足を動かす時はできるだけ自分の身幅の範囲内で済ませるよう心掛ける、そんな些細なことでかなり違ってくるはずです。

女性の場合は肩を少し内側へ入れるようにすると、首から背中にかけての線がすっきりと見えます。デコルテラインを強調したドレスを着る時の逆で、肌の露出が少ない分だけうなじの美しさが引き立ちます。

洋装も和装も、それぞれの美意識の違いを理解してその時にふさわしい姿勢や立ち居振る舞いを心がけることが大切です。

正座のコツと立ち居振る舞い

和室での立ち居振る舞いで苦手意識をお持ちの方が多いのは正座ではないでしょうか。

正座でなくとも同じ姿勢をずっと続けていると、どこかが痛くなったりするものです。ということは、しびれないコツは「動かすこと」にヒントがあるのではないでしょうか。舞台などでの経験から実感しています。

動かすといっても、本当に小さな動きでいいのです。かかとにかかる重心が1点に集中しないよう、微妙にお尻の位置をずらすようにしてみてください。長く正座を続けていると感覚が麻痺して、どこがどう痛いのかもわからなくなってしまうことがあります。

しびれ切ってしまう前に、自分は今どこが痛いのかを理解してその部分の負担を軽減する。それを繰り返して力を分散するようにするのです。

その際に大切なのが姿勢です。猫背にならないよう背筋を伸ばし、上半身の重みすべてを折り曲げた足の上に無防備に預けてしまわないようにしましょう。「頭を糸で上から引っ張られているように」と教えられたのは、日本舞踊を習い始めたばかりの子どものころでした。

お稽古では正座への一連の動作の流れをきれいに見せるのに有効な方法も教えていただきました。基本はやはり背筋。背筋をまっすぐにした状態をなるべく保つようにして、座る時は垂直に腰を落とすように心がけるのです。また、立つときはその逆です。

その動きを繰り返しスクワットのようにお稽古して身体に覚えこませたものです。注意するのは前かがみになってお尻が後ろに突き出ないようにすること。足腰の強化にもなりますから、ぜひ試してみてください。

身体と対話する

舞台俳優は初日が開くと、毎日決まった時間に舞台に立ち同じ役を演じ続けることになります。役によっては身体のどこかに著しく負担がかかることもあり、それを連日繰り返していると、気づいた時にはかなりしんどい状況に陥ってしまうということになりかねません。前述したの正座の話で「どこが痛いのか理解する」と記しましたが、それは身体のすべての部分に言えることなのだと思います。

そこで肝に銘じているのが、尊敬する女方の先輩・坂東玉三郎のおにいさんの「その日の疲れはその日のうちに」という言葉です。おにいさんの健康に対する意識の高さは一流のアスリート級で、食事や睡眠など基本的な日常生活はもちろんのこと、プロによるメンテナンスを含めた日々のケアには本当に頭が下がります。

演じている内容は同じでもお客様は毎日違った方がお見えになります。ご覧くださっている一人ひとりに最良のパフォーマンスをお見せするのがプロの努め。そのためにコンディションを維持していくことは必要不可欠なことなのです。

歌舞伎も最近は休演日が設けられるようになりましたが、25日間休みなしというサイクルで長いこと過ごして参りました。そのおかげもあって日々の体調の変化には敏感な方かもしれません。ですが、ただ漠然と過ごしていたのでは、小さなサインを見落としてしまいます。

そうならないためには自分の身体と対話をすることです。たとえば「今日はちょっと腰が張っているな」とか「首がどちらかに回りにくいな」とか、日常的にチェックする習慣を身につけるといいと思います。

怪我をしてしまったら

どんなに気を付けていても体調を崩すことはありますし、予期せぬ怪我に見舞われることはあります。

ずいぶん前の話になりますが、亡くなられた(十八世仲村)勘三郎のおにいさんがまだ勘九郎を名のっていらした時代に、一緒に『連獅子』を躍らせていただいたことがあります。

『連獅子』は親子による上演が多いのですが、片岡孝夫を名のっていた当時の父の(仁左衛門)は入院中。ありがたいことに、おにいさんが親獅子を買って出てくださったのです。

仔獅子には思い切りジャンプしてストーンと着地する振りがあるのですが、ある時、おにいさんが高度なやり方を教えてくださいました。そして「君ならできると思うから、やってみたら?」とおっしゃるのです。

出番ギリギリの時間だったのですが、せっかく教えてくださったのだからとぶっつけ本番でやってみたところ……。バランスが悪かったのでしょう。着地した瞬間に右足の膝からの下の感覚がまったくなくなってしまいました。「折れた!」と思ったのですが、感覚はないもののそのまま踊り続けることができたので最悪の事態は免れたようでした。そして針とテーピングで痛みを和らげながらどうにかその月を乗り切り、やがて少しずつ回復していきました。

ところが……。10年ほど経った頃に不調を感じて病院で診ていただいたところ、あの折に自分は粉砕骨折をしていて骨の一部が体内に残っていたころがわかったのです。結局、何回かに分けてその骨を手術で取り除きました。

病気にしろ怪我にしろ、回復の兆しが見えるとついついそのままにしてしまいがちですが、それが後々に大きな影響を及ぼすことがあります。素人判断は禁物。面倒くさがらずにきちんと専門の先生に診ていただくことが肝心なのだということ、このことを通して学びました。

自分なりに客観的に

残った骨を取り出す手術を繰り返し、今ではすっかり元通りに……というわけにはいきませんでした。

大きな後遺症が残ったわけではないのですが、膝が少し変形してしまったため膝をつくときに以前とまったく同じようにはできなくなりました。他の人にはわからないようにはしていますけれども。

ここで大切だと思うのは、元には戻らない自分の状況を受け入れるということです。ないものねだりで過去を羨んだところで何の解決にもなりませんし、気持ちも落ち込んでしまいます。

歌舞伎にはおみ足にハンデがありながら歴史に残る名優となられた女方の大先輩もいらっしゃいます。また今年の夏は、パラリンピックの選手の皆さんが大日本中に大きな感動を巻き起こしてくださいました。

これまで「意識を変える」「自分の身体と対話する」といったことを申し上げてきましたが、そこに自分のありのままの状態を受け入れた上で無理をしないということを付け加えたいと思います。他の人と同じようにできないのであれば、そこでネガティブにならずに自分にできることを考えるのです。

それには客観的に自分を知る必要があるでしょう。そのために有効だと感じていることのひとつに鏡を見るという行為があります。

職業柄、鏡を見る機会は一般の男性よりかなり多い方だと思いますが、ちょっとした身体のゆがみや肌の状態などに身体からのサインが表れていることは多々あります。自分のスタンダードがわかれば日々の変化にも気づきやすくなります。

片岡 孝太郎
片岡 孝太郎(かたおか・たかたろう)
1968年1月23日 生まれ
京都府出身。十五代目片岡仁左衛門の長男。
長男は片岡千之助。歌舞伎界の新世代を担う、上方歌舞伎・江戸歌舞伎の双方で活躍する女方。
芸風は気品があり格調の高い落ち着いた演技の実力派。赤姫や娘役は定評があり、近年は世話女房役や時代物でも観客を魅了する。
源義経など立役も品格が備わっており、広い芸域を持っている。映画やテレビでの活躍も多く、俳優として活動の幅を広げている。