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歯内治療は、きちんとやれば9割以上の成功が見込める治療です。にもかかわらず、国内の歯内治療は成功率が低迷しているのが実情です。なぜこのような事態が起こっているのでしょうか? 日本ならではの特殊な事情を見ていきましょう。歯の健康を維持するために知っておきたい、大切な情報です。

目次

  1. 歯の治療は「神経をとったら終わり」ではない
  2. 抜髄のほとんどが「不成功」で終わっている!?
  3. 歯内治療の成功率が低すぎる原因
  4. 日本の「驚くほど安い治療費」が治療結果に直結
  5. 「悪くなったら再治療すればいい」は危険な勘違い
  6. 歯内治療だけでなく、「精度の良い人工物」を装着することも大切
  7. 「歯内治療はシナイほうが良い」!?

歯の治療は「神経をとったら終わり」ではない

歯科で使われる不思議な言葉の一つに「神経をとる」というものがあります。普通に考えてもエッ? て思わないでしょうか。

だって頭が痛いからといっても、内科で頭の神経はとりませんよね。けど歯の神経は、とらなくてはならないときは、とらなくてはなりません。

なぜなら、感染が成立した歯は、抗生物質を使っても治ることはないからです。

体の他の部位ならば、抗生物質が効けば破壊された部分はだいたい再生します。ところが歯髄(しずい:歯の内部の神経血管など)は血流が非常に少ないことなどが原因で、再生は絶望的なのです。

痛みが続いたり感染が残ったりしたままでは生活できませんので、神経を除去することになります。これを抜髄(ばつずい)と言い、統計から推察した文献によると、日本ではだいたい月間50万件・年間600万件以上もの歯の神経が除去せざるを得ない状況に陥っていることになります。

痛みの発生源が歯髄であったなら、これで痛みは消えはします。

ところが、ここからが本当の治療になることは、ほとんど知られていません。そして、ここに日本だけの特殊事情が絡んできます(※1)。

※1 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jeajournal/32/1/32_1/_pdf

抜髄のほとんどが「不成功」で終わっている!?

文献をさらに見ると、「感染根管処置(かんせん こんかん しょち)」という項目があります。

歯髄が入っていた歯の中の空洞を「根管」と言い、歯髄がない状態でさらに歯の本体である硬い部分に細菌が潜り込んだ状態を「感染根管」と言います。

そしてその数はおよそ月間65万件・年間750万件と、抜髄を上回る件数があることがわかります。実はそのほとんどは抜髄が不成功に終わり、再治療や再々治療となったものです。

どういうことかというと「神経はとったが細菌は残ったまま」という不完全な状況が頻発しており、それが数年後に表面化して再治療になっているのです。

先の文献では、治療が終わっている歯のレントゲンを観ると、平均で約6割に異常が発見されたとあります。

実はこの中の大部分が「根尖病変(こんせんびょうへん)」と言って、根管に残った細菌が増殖し、毒素が根っこの先端から漏れて炎症を起こし、骨がなくなっている状態が黒く写ったものです。

すでに歯に神経はありませんから、初期は痛くも何ともありません。しかし細菌が作る毒素は徐々に骨に炎症を起こしていきます(※2)。

なおここで説明している歯の中の治療を歯内治療(しないちりょう)といいます。歯内療法や根管治療ともいいますが、これらはすべて同義語で、どれを使ってもかまいません。

※2 https://gentosha-go.com/articles/-/39707 https://ishachoku.com/karadas/archives/469

歯内治療の成功率が低すぎる原因

それにしても、この成功率の低さはどういうことでしょうか。歯内治療とは、そんなに無理な治療なのでしょうか?

答えはNoです。きちんとやれば、9割以上の成功が望めるはずなのです。

歯内治療は下のビデオにあるように、細いドリルのような器具を歯の中に挿入して丁寧に掻き出すような操作の連続です。しかしこれは相当丁寧に行わないと、かえって感染源を押し込んだり、感染経路を拡大することになります。これが失敗の原因です。

このビデオには緑色のものが大きく映っています。これは「ラバーダム」と呼ばれるゴムシートで、治療対象の歯だけを隔離し、治療中に唾液やプラークによる汚染を防止するために用いられ、成功率を高めるための必須のテクニックです。

ところが先の文献によれば、これを行う歯科医師はわずか5%、歯内治療に特に関心がある歯科医師でも25%と、極めて低率です。少し古い文献の数値で今はもう少し上がってるとは思いますが、まだまだ低い実施率です。

ラバーダムを使わない理由は、赤字がさらに拡大する・なくても治療できるし、そのように教育されてきた・使う必要性がわからない・めんどう・時間がかかる・患者に嫌がられる、などの誤解があると考えられます。

また、成功率を高めるためには顕微鏡を用いた治療が非常に有効ですが(※3)、健康保険でもやっと使用が認められたものの、設備投資額を回収できるほどの診療報酬はなく、普及していません。

※3 https://y-dc.org/microscope-laser/microscope/01.html

日本の「驚くほど安い治療費」が治療結果に直結

上記のほか、歯内治療は歯の長さを正しく測る・繊細な器具操作・緊密に詰める、など大臼歯なら2時間以上かかる治療になります。

さて、このような治療はいったいいくらで提供されているのでしょう?

首相官邸ホームページにある資料『医療・介護給付費推計について』の10ページ目には、諸外国と日本の歯科治療費の比較表があります(※4)。

これによると、歯内治療(資料では根管治療と記載)はアメリカが¥108,011であるのに対し、日本はわずか¥5,839。その差は18倍以上もあることがわかります。他の国と比べても、日本だけが極端に低額です。

この驚くほどの低予算が結果に直結していることに疑問を持つ人はいないでしょう。日本の歯科治療は、特に歯内治療は何かを省略しないと成り立たないのです。

安いんだからいいじゃないかと呑気に構える人も多いと思いますが、よく考えて欲しい問題です。

※4 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/kaisai/service/dai06/06siryou2.pdf

「悪くなったら再治療すればいい」は危険な勘違い

多くの人が勘違いしてるのは、歯は悪くなったらまた治してもらえると思っていることです。

とりあえず安く治療して、だめなら再治療すれば良いじゃないかと考えます。しかしこれがだめなのです。

実は歯内治療は初めての治療よりも再治療のほうが難しく、がんばっても成功率は下回ります。さらには、日本の診療報酬は再治療のほうが低いのです。これではいかに優れた技術をお持ちの歯科医師でも、実力を発揮することができません。

再治療とは歯の内腔を削って感染源を除去しようというもので、感染根管処置とほぼ同義語と考えて良いものです。ところがこれは顕微鏡を見ながら治療したとしても、いつもうまくいくものではないのです。

文章では説明しにくいので、再治療の前後をわかりやすく説明したビデオがありますのでご覧ください。

このように、通常のレントゲンではぼんやりとしか写らない病変も、CTでは誰が見てもわかるように写ります。

感染根管にはカンジダというカビやウィルスなどやっかいものが混在していることが少なくなく、こうなると顕微鏡を使って時間をかけて治療してもなかなか治癒せず、さらに難易度の高い歯根尖切除術や再植術に移行せざるを得ません(※5)。

ですから初回の治療をいかにしっかり行うかが、歯を一生使い続けるカギとなります。それから、根尖病変はどんなに歯をよく磨いても予防できないことも覚えておいてください。

※5 https://y-dc.org/minimal-intervention/apico_ectomy.html

歯内治療だけでなく、「精度の良い人工物」を装着することも大切

根尖病変ができてしまう原因はまだあって、その一つに歯内治療後に装着する人工物(芯や冠)のでき具合があります。

精度が悪く、歯と人工物の間に目に見えない隙間があると、そこから細菌が侵入して根尖病変ができることがあります。これをコロナルリーケージ(歯の頭側からの漏洩)と呼んでいます。

そして意外なことに、根管治療をやり直さなくても人工物を精度の良いものに交換すると根尖病変がなくなる、すなわち骨が再生して治癒することがあります。

したがって歯内治療だけがんばってもだめで、人工物の装着まで良い治療をやり切らないと、またしても徒労に…という結果になることがわかります。

「歯内治療はシナイほうが良い」!?

私が学生だった40年も前から、歯科界には「歯内(シナイ)治療はシナイほうが良い」という、オヤジギャグ的な言い伝えがあります。

神経をとらなくてはならない大きな虫歯にさせないことが最も重要という意味だったと思うのですが、一部の人には「やるだけ無駄」という意味で使われているようです。

これだけ結果が悪く再治療もさらに難しいとなると、歯内治療なんてまじめにやってもしょうがないし、採算もとれないとなれば、治療などせずにさっさと抜歯し、義歯やインプランにしたほうがよほど患者から感謝されるし経営も安定する、というものです。

これら諸問題はなかなか一般に取り上げてもらえないのですが、少しずつは認知されてきてるようです。以下もぜひ参考にされてください(※6)。

この歪んだ構図を今さら正常化することは不可能ですが、もちろん自衛策はあります。まずは虫歯にしないこと。そして残念ながら治療介入しなくてはならないときは、きちんとした治療技術をお持ちの先生を検索で探すということです。ただしそれはもちろん自由診療になることがほとんどでしょう。

自由診療ですから、抜歯してインプラントにするのも、がんばって歯を保存するのも、おそらくそれほど金額は変わらないと思います。

もちろんリスクを承知で健康保険で治療するのも一つの方法ですが、それは正しい情報を持って決定されるものでなくてはなりません。どのような価値観で治療に臨むのか、何も考えずに健康保険一択にならないよう、未来のご自身のために情報取集をしていただければと思います。

※6 https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190221-OYTEW341667/

吉田格
吉田 格(よしだ・いたる)
吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニック
幅広い知識・技術を中立的な立場から提供する、歯科自由診療専門医。
レーザー・顕微鏡・栄養療法を歯科医療に取り入れ、健康保険だけでは解決困難な治療を手がける。

1985年 日本歯科大学新潟歯学部卒
1997年 吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニック開設(東京都中央区)

【所属】
日本レーザー歯学会 (認定医 理事)
日本顕微鏡歯科学会 (認定指導医 理事)
日本抗加齢医学会(指導医)
臨床分子栄養医学研究会(認定指導医)


【著書】 インプラントのすべてがわかる本(保健同人社)

吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニックHP
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