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最終更新日:2022年2月4日

元女子ラグビー日本代表の「冨田真紀子」が漁港で気付いた「心のバランスのとり方」

こちらの記事の監修医師
 
冨田真紀子

元女子ラグビー日本代表の「冨田真紀子」が漁港で気付いた「心のバランスのとり方」

 

(画像=元女子ラグビー日本代表の「冨田真紀子」が漁港で気付いた「心のバランスのとり方」)

ラグビーを通して多くの成功や挫折を経験してきたリオ五輪7人制ラグビー女子日本代表の富田真紀子氏が、心のバランスのとり方について自身の経験を語ります。

目次

  1. 仕事とラグビーで休みはゼロ…自分を追い詰めていた日々
  2. 山口県への単身ラグビー修行で見つけた新たな「居場所」
  3. 「肩の力を抜く」ことで気づいた、私自身の幸せ
  4. 私をかたち作るもの「スポーツ」・「言語」・「自然」
  5. 本当の意味でのオフは、人との出会いかもしれない

仕事とラグビーで休みはゼロ…自分を追い詰めていた日々

私は新卒でフジテレビに入社してから、人事局で採用などの仕事をしています。入社当時は、通常業務のかたわらでラグビーの練習に参加させてもらっていました。新人でまだ仕事も満足に覚えられていないのに、試合や合宿などで仕事を休まなければならないときもあり、有休を使い果たしてしまって公休すらもとれない状況でした。

しかし、初めてアジア大会で2位入賞を果たし、リオ五輪出場が現実味を帯びてきてからは、会社として応援してもらえるようになりました。

リオ五輪までの期間は休みが1日もなく、仕事をしているのか、ラグビーをしているのかの毎日でした。会社が応援してくれるようになって、好きなことをさせてもらっている以上、結果を出さなければと、どんどん自分を追い詰めてしまっていたのです。

当時は、いつも緊張で張り詰めていました、ストレスもそうとう溜まっていたのだと思います。最終的に過敏性腸症候群になってしまいました。

「これ以上頑張れることはない」というくらい準備して臨んだリオ五輪ですが、初日にタックルで脳震とうになりドクターストップ。その数時間後には選手村を後にしていました。

五輪後のラグビー人生が見えていなかったので、その後はある種の燃え尽き症候群のような状態に陥ってしまいました。精神的にも体力的にも追い込まれていたように思います。

一瞬で目標としていたものが崩れてしまったことで、「結果だけで報われない人生ってつまらないな」と感じるようになり、それをきっかけとして、日本のクラブチームを強化して全体的な底上げをしようと考えるようになりました。

山口県への単身ラグビー修行で見つけた新たな「居場所」

その後は、東京五輪への出場を目指すために、もっとラグビーに集中できるようにと山口県の「ながとブルーエンジェルス」に移籍しました。フジテレビの仕事は山口にいっても続けていて、テレワークや東京に出社するのを組み合わせながら、仕事とラグビーを両立させていきました。

これまでの私は、実家に住んでいましたし、留学中もホストファミリーや学生寮など誰かに守られて暮らしていたため、縁もゆかりもない土地にひとりぼっちというのは初めての経験でした。

仕事で東京へ行くことはあっても頻繁に帰れるわけではありません。「自分の居場所が欲しいな」と思ったとき、私の居場所となったのは徒歩5分くらいのところにあった漁港でした。

漁港では、朝5時半から目利きをして魚を買ったり、スーパーに売るための梱包作業を手伝ったりしました。朝は苦手ですし、冬の山口はとても寒いので、漁港に行くのも大変なときがありました。

しかし若い女の子ということで珍しがられて、徐々にいろんな人に声をかけてもらえるようになりました。漁港のみなさんは私を「とみちゃん」「とみちゃん」と温かく迎えいれてくれて、ありがたいことにとてもかわいがってくれました。

こうした経験のなかで、魚をさばけるようになりたいという新たな目標ができて、仕事でもプライベートでもない「自分が打ち込めること」が初めて見つかりました。

せりの仕事が終わると、午前8時くらいに朝ご飯を食べさせてもらうんですが、そのときの海鮮丼がめちゃくちゃ美味しくて。布団から出るのが億劫な日は「新鮮なイカのお刺身食べたいから今日も頑張るか!」とモチベーションをあげていました。

体力的にみると大変なのかもしれません。しかし不思議なことに漁港に行った日のほうが仕事もラグビーも頑張れていることに気が付いたのです。

いままで色んなものに飛び込んできたけど、趣味といえるものはありませんでした。魚との出会いで、仕事とラグビー以外の大切なものにやっと巡り合えたのだと思います。

これまでラグビーしか見てこなくて、他に「これ」というものがなかった私にとって唯一、魚だけが無心になって没頭できるものでした。

「肩の力を抜く」ことで気づいた、私自身の幸せ

あるとき、「自分で魚を捌いてみたい!」と思って、漁港のみなさんに教えてもらったことがあるのですが、その後、YouTubeの動画を見ながら見様見真似で捌いたチームメイトの方が上手にさばけたことがありました。それがきっかけで「失敗してもいいんだ」と思うようになりました。

こういうと、手を抜いているように思われてしまうかもしれませんが、「手を抜く」というのと、「肩の力を抜く」というは、ちょっと意味が違います。仕事もラグビーも趣味の魚も、全部120%で取り組んでいます。でも失敗してもいいことに気づき、「肩の力を抜く」ことを覚えたことでだんだんと緊張がとれて心が整っていくのがわかったんです。

それまでは、自分で正解を決めて、〇か×か、勝つか負けるか、結果を残すことしか考えていませんでした。特にリオ五輪のときは、生活の中心がラグビーでしたし、「やり切れ!」って感じで。そこまで自分を追い詰めないとオリンピックには行けないとも思っていました。

しかし、職場でもラグビーでもない“サードプレイス”ができたことで、「富田真紀子」というひとりの人間として、どんな人生が自分にとって理想なのか、自分の人生や幸せと向き合うことができるようになりました。

たとえば、アスリートとして「オリンピックで金メダル」のような輝かしい結果を残しても、自分が追い詰められていたら、全然幸せじゃないのかもしれないと思うようになったのです。

私はいつかママになってもラグビーを続けたいし、仕事とのライフワークバランスも重要です。理想の自分になるためにラグビーがある、結果は頑張った先についてくるもの。いまはそう思っています。

私をかたち作るもの「スポーツ」・「言語」・「自然」

「調子がいいとき」ってどんなときだろう?といままでの人生を振り返ったとき、いつも私の周りには「スポーツ」と「言語」と「自然」がありました。3つのバランスが保てていないと、生活が充実しないのです。

高校生のころ、オーストラリアに単身留学しました。交換留学でしたが、公立高校に通いながら、地域のラグビーチームに参加しました。滞在先は、オーストラリアの内陸部の自然にあふれる土地でした。大学でスコットランドに留学したときの滞在先も自然が豊かな地域でした。

山口では、保護犬を新しい家族として迎えました。大自然という環境ではなかったけれど、ドックランに行ったり、忙しくてもあえて1時間散歩したりなど、一緒に過ごす時間が自分の癒しになりました。

また、チームメイトを誘って月に1回キャンプに行くのも楽しみの一つです。時間が空いたら行こうと考えていると忙しさを理由に行けなくなってしまうので、先にスケジュール帳に予定を書き込んでしまうのがコツです。

「言語」という部分では、いまはフランス語の勉強をしています。オリンピックの第一言語がフランス語ということもありますし、フランスのチームでラグビーをしながら大学院にも通える機会をいただきました。

これまで留学は何度かしてきましたが、英語圏以外は初めてなのでとても楽しみです。

本当の意味でのオフは、人との出会いかもしれない

趣味の世界は極めれば極めるほどキリがありません。いい包丁も欲しくなるし、しょうゆ皿にだってこだわりたくなります。今年、30歳の誕生日だったのですが、友人から魚や、魚に関連したグッズのプレゼントがありました。

セルフブランディングといったら、ちょっとカッコつけすぎですが、“魚食系女子”として知ってもらえるのは嬉しいです。「ラグビー選手の冨田真紀子」だけでなく、「魚の冨田真紀子」からラグビーを知ってくれて応援してくれる人もいます。驚きもありますし、本当に感謝しています。

私にとって「本当の意味でスイッチをオフ」にする瞬間とは、新しい人と出会うことなんじゃないかと思います。

リオ五輪のとき、選手村を後にして迎えの車を待っていたら犬の散歩をしているおじいさんと仲良くなり、いまでも文通を続けています。

こんなふとした瞬間の出会いを大切にすると、思わぬ発見や自分の知らない世界を見ることができて、その“非日常”が私を「オフ」にさせてくれるんじゃないかなと思います。思い返してみると、漁港での出会いもそうでした。

リオ五輪までは、追い込んで、やりきりすぎて、最終的に倒れてしまったのだと思っています。本当に出し切ったけれど、そうしたら自分がなくなってしまったんです。

だからいまは、バランスよく、自分の心地よい環境作りを心掛けています。

こちらの記事の監修医師

 

冨田真紀子

1991年8月2日生まれ。
フランス1部リーグLons section paloise rugby f?minin所属。
千葉県出身。
中学3年より世田谷ラグビースクールにて初めてラグビーを始める。
高校在学中オーストラリア留学、大学在学中スコットランド留学。
18歳より日本代表入り。
早稲田大学国際教養学部卒業後、(株)フジテレビジョン入社。




2016年リオデジャネイロオリンピック7人制日本代表。
2017年ワールドカップ15人制日本代表。
ポジションは7人制プロップ&フッカー、15人制はセンター。