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世の中に蔓延する「発達障害」への誤解

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最終更新日:2021年12月24日

世の中に蔓延する「発達障害」への誤解

こちらの記事の監修医師
東邦大学医療センター大橋病院/東京都大田区六郷こどもクリニック
大岡 美奈子 先生

※画像はイメージです/PIXTA

生まれつきみられる脳の働き方の違いにより、幼児のうちから行動面や情緒面に特徴がみられる「発達障害」。近年メディアでも取り上げられるようになったことから、多くの人がこの言葉を認知しました。しかし、精神科医の大岡美奈子氏は、発達障害とはなにかを正しく理解されている人はまだまだ少ないといいます。周囲からの偏見を恐れて「学校や職場には秘密にしたい」と考える人も少なくないこの症状について、世間に蔓延する誤解とともに、正しい捉え方をみていきます。

そもそも「発達障害」とはなにか

発達障害は近年メディアでもよく取り上げられるようになり、みなさんもよく聞き慣れた用語かと思います。

しかし、用語としては知っていても、発達障害とはなにかを正しく理解されている人はまだまだ少ないように思います。

病院で発達障害の診断を受けても、周囲からの偏見を恐れて学校や職場には秘密にしたいというご家族も少なからずいます。

また、自身の子どもが発達障害かもしれないと過剰に恐れている保護者の方にも多くお目にかかります。

今回は、そんな発達障害について正しく理解して頂き、安心して子育てをしていただく助けになればと思っております。

そもそも「発達障害」とはなんでしょうか。平成23年度に制定された改正障害者基本法には、次のように書かれています。

「身体障害や知的障害のある人や、発達障害を含めた精神障害のある人、その他の障害のある人で、障害や社会的障壁(社会のかべ)によって、暮らしにくく、生きにくい状態が続いている人」

この定義のなかで注目して頂きたいのは「社会的障壁によって」という文節です。

身体障害にしろ、発達障害にしろ、「障害者」かどうかというのは、個人の資質や能力で決まると思われがちですが、実はそれだけではありません。

「社会的障壁」、つまり、その人が生活している社会のあり方で大きく変わってきます。視覚障害を例に説明します。

実は私はかなりの近眼で中学生の頃からずっと眼鏡をかけています。幸いにもこの世に眼鏡というものが存在し、眼鏡を比較的手軽に購入できる社会に属しているおかげで、視覚に関してなんら不便なく暮らしております。

しかし、もしも眼鏡がない世界に住んでいたら、私は「視覚障害者」となります。

障害の「ある/なし」を決めるのは個人の資質という絶対的な基準ではなく、その人を包む環境との関係性のなかで生まれる相対的な基準です。このことは発達障害を理解するうえで非常に重要です。

発達障害に分類される病気のひとつに「自閉症スペクトラム(ASD)」という病気があります。自閉症スペクトラムの子どものなかには、「感覚過敏」といって味覚や聴覚、触覚などがとても過敏な子どもがいます。

味覚が過敏なために極端な偏食となったり、聴覚が過敏なために換気扇の音が怖くて部屋に入れなかったりと困ることも実際にありますが、一方で、大人に成長してからは敏感な嗅覚や味覚を生かして調香師やソムリエになるなど、障害をむしろ強みとして活躍する人もいます。

子どもの頃は発達障害として生きづらさを感じていても、成長し、環境や人間関係が変わっていくなかで、かつては「障害」と捉えられていたその子の特性が、いつの間にか魅力や長所となってその子を支えることもあります。

発達障害の症状は「誰にでも」当てはまることがある

発達障害というのは大きな概念ですが、具体的な疾患でいうと、先述の「自閉症スペクトラム」の他に「注意欠如多動性障害(ADHD)」「学習障害(LD)」が該当します。

これら3疾患は重複することも稀ではなく、3疾患すべてが該当する子どももいます[図表1]。

[図表1]発達障害に含まれる3大疾患

ひとつひとつの疾患の特徴や具体的な症状の説明は良書に譲りますが、ここで述べたいことは、これらの疾患でみられる症状もしくは特性は、原則的に誰にでも当てはまることがあるということです。

たとえば注意欠陥多動性障害でみられる症状として、ケアレスミスや課題や宿題の提出忘れなどがありますが、こうした失敗を生涯経験したことがないという人はいないでしょう。

要は「ある/なし」ではなく、頻度や程度の問題なので、この症状があれば診断確定! という明確なものはありません。自閉症スペクトラムの「スペクトラム」とは「連続している」という意味で、もともとは自閉症の傾向がある人々の間での症状や特性の連続性(濃さ)を意味しています。

しかし、発達障害の症状自体が誰にでも起こりうることである以上、連続しているのは診断を受けた人々の間だけではなく、いわゆる健常者(児)と発達障害者のあいだでも明確な境界がないということになります。

児童精神科に子どもを連れて来院される保護者のなかには、子どもが小さな頃から様子が気になっていてずっと発達障害じゃないかと心配しながらも、診断を受けることがこわくて、悩みに悩んだ末に、意を決して「シロクロつけたい」と来院される方もいます。

そんな保護者に対して私がはじめに伝えることは、発達障害というのは「シロ」か「クロ」かではなく、健常から境界なく連続性をもった概念なのだということです。

したがって、仮に診断された場合でも、その子の人生を固定する重い宣告を受けたとショックを受ける必要はなく、その意味はその子の成長の過程で移ろいゆくものとして捉えてほしいと思います。

こちらの記事の監修医師

東邦大学医療センター大橋病院/東京都大田区六郷こどもクリニック

大岡 美奈子 先生

精神科専門医/子どものこころ専門医
1972年生まれ。平成8年に武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン科を卒業し、翌年渡米。ニューヨーク大学大学院教育学部に入学し非言語的精神療法のひとつである芸術療法を専攻、平成13年心理学部に編入し平成14年5月に修士取得。同年滋賀医科大学医学部医学科に学士編入学。平成19年4月より東京大学医学部附属病院にて初期研修を開始し、出産/育児を経て、平成25年より東邦大学精神神経科入局、平成30年より同講座助教を務め、現在東邦大学医療センター大橋病院心の診療科医局長、東京都大田区六郷こどもクリニックにて子どものこころ外来を担当。精神科全般に精通しているが、特に児童思春期を専門とし、主にデザインやアートと医療の融合を研究テーマとしている。