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「ヘミングウェイの入院」

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2021年9月15日

「ヘミングウェイの入院」

久し振りに書棚の整理をしていたら、年季の入ったヘミングウェイの文庫本が出て来た。その中一冊、

「武器よさらば」のタイトルが目に入った。

●小説のモデルとなった女性

アーネスト・ヘミングウェイ。「老人と海」、「日はまた昇る」などの代表作で知られるアメリカ合衆国を代表する作家である。

彼の代表作の1つである「武器よさらば」、の作品に登場するヒロインの女性にはモデルとなった女性がいるエピソードを思い出した。

●19歳のヘミングウェイ

小説は書かれた次期や内容、時代背景による描写や考え方が当然入ってくる。「武器よさらば」はヘミングウェイが第一次世界大戦に従軍していた経験が基となっている。

第一次大戦時のヘミングウェイ

ヘミングウェイは赤十字の一員として、イタリアに従軍している時に敵軍の攻撃に遭い、負傷してミラノの病院に入院している。この入院の経験が作品に活かされている。

ヘミングウェイは当時19歳。入院していた病院の看護婦さんに恋をしてしまう。相手の女性は7歳年上のイタリア人女性であった。二人が出会った10年後に「武器よさらば」は出版されている。

●女性の死後、明らかになった事実

現実は小説とは当然かけ離れているのだが、モデルとなった女性は後のインタビューで、モデル扱いされたことを嫌っており、ヘミングウェイとの関係も否定している。

しかし女性の死後、日記が見つかったことで、モデルとなったことのが確実だと判断されてしまう。

女性はヘミングウェイと頻繁に文通をしていたこと、よもや結婚というところまでの関係であったことが、

日記から明らかになった。しかし女性は、時を同じくしてイタリアの貴族から求婚されていた。その結果、実らぬ恋となってしまったのである。

ヘミングウェイにとっては相当ダメージの大きな失恋であったらしい。

●医者の息子であるヘミングウェイ

ヘミングウェイはシカゴの開業医の息子だが、家業の病院を継ぐつもりはなかった。大学には進学せず、新聞社に入り、第一次大戦で赤十字に応募してイタリアに従軍している。

そして負傷、恋愛、失恋を経て、記者の仕事に就きながら小説を書いていた。そして、「武器よさらば」が世に出ることとなる。その他多くの小説や詩を世に送り出し、1954年ノーベル文学賞を受賞している。

●患者さんと看護婦さんのよくある話


患者と看護婦の恋など、世界中どこにでもあることだと思う。別に珍しいことではない。

現在では、入院時にパソコンやスマートフォンを持ち込むことも、ごく普通のことで、SNSや仕事まで入院中に出来る便利な時代である。

消灯時間になっても、こっそりやり続けて、相部屋の患者さんに迷惑を掛けぬように気を使ったり、部屋を抜け出してやっているところを見つかって、夜勤の看護婦さんに注意されたりと大体想像はつく。

現代はヘミングウェイが入院した時代と事情も大きく違うわけで、もしも入院中に看護婦さんに恋をしてしまったら、文通はメールに形を変えて、退院後も続けることが出来る。恋が実るかは別として。

●恋のオンライン診療?

これを退院後の「恋のオンライン診療」と呼ぶわけにはゆかず、恋わずらいのオンライン診療という言葉はないけれども(似たようなものが世界にはあるかもしれない)、退院後の個人的に大事な心の診療である。あくまでも医師は関係なく、個人の都合である。

しかし恋ではなく、心の診療・治療もオンラインで出来る時代である。オンライン診療の進展は、身体の診療だけに留まらず、心や生活、健康の診療に、もっと役立つようになると多くの問題が解消できるはずである。

オンラインでもっと身近に手軽な診療、アドバイスが得られるようなれば、「楽でいいな~」と思っているのは、私だけではないだろう。

●実らぬ恋の果てに

「ヘミングウェイの恋は実ったかもしれない」という落ちはありえない。実っていたら、あの名作は生まれず、その後もヘミングウェイの作品は、生まれなかったかもしれないからだ。

それよりも戦争が起きないこと、オンラインで身体も恋も健康になることを皆で考えてゆきましょう。

でも、ヘミングウェイは相当熱を上げていたらしいから、今だったらストーカーにならずとも、どうなったのだろうかと想像もつかない。

もしかしたら大学に入り、開業医を継いでいたかもしれない。

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