3, 頼れる民間企業

イギリス国内でも、徐々に新型コロナウイルスの感染が拡大しはじたのは周知のとおりです。首相が感染したくらいです。
危機感を募らせたNHSは、かかりつけ医による診療をビデオ(通信)に切り替えるように要望を出します。併せて、デジタルヘルスの民間企業にオンライン診療導入拡大の支援要請を行いました。
民間企業を上手に利用したことで、オンライン診療はイギリスでも成功することになります。
●英国で急成長するオンライン医療ビジネス
パンデミックによって、イギリスではGP(かかりつけ医)によるバーチャル医療の導入が促進されました。
2020年、NHSは約7000のクリニックに対して、オンライン診断への移行を命じます。これは同時に、医療オンラインサービスの企業にとって追い風となります。
多くの医師は、リモート診療予約にアキュルク(AccuRx )という企業を利用しました。
アキュルクは、健康分野で利用されているイギリス発祥のソフトウェア会社です。2016年にイギリスで設立され、かかりつけ医と患者がテキストメッセージで連絡を取れるサービスを開始しました。これは、患者と通信するために、医師の手術によって使用されるメッセージングプログラムです。
このシステムは、パンデミックを契機に国内のクリニックで急激に普及することになります。
イギリスでは、長年かかりつけ医がインフルエンザの予防接種を行っていました。しかし、新型コロナのワクチン接種の規模はそれをはるかに凌ぎ、従来のワクチン接種以上に手間がかかることから、病院の多忙は限界を超えていました。
ワクチン接種の予約殺到により、本来の業務が妨げられていた病院スタッフは悲鳴を上げている状況でした。
この状況を解決するために、アキュルクはワクチン接種対応のオンライン予約システムを短期間で開発します。このシステムにより、患者はオンラインでワクチン接種の予約ができるようになり、クリニックは本来の作業に専念できるようになったのです。
このワクチン接種での対応により、アキュルクは信頼される通信ツールとして、医師からの指示がより高くなります。その後、プライマリケアクリニックのオンライン予約ツールとして、90%以上のシェアを獲得することになるのです。
アキュルクは、イギリスでのオンライン診療(遠隔診療)拡大させる大きな引き金となったのです。
4, バビロンによるAI診療の開拓

●現代のバビロン
米国では、テラドック・ヘルスのようなオンライン医療プラットフォームの大手企業を筆頭に、同様の企業とサービスが次々と誕生しました。
イギリスでも歯科医療を専門とするチュニアードや、患者とのビデオ相談を最初に開始したプッシュドクター、365日24時間ビデオ対応するImmedicare(インメデイケア)のように医療プラットフォーム企業が、その規模と存在感を高めつつあります。
その中でも注目されている企業がバビロン(Babylon Health)です。
バビロンはイギリスを代表するデジタルヘルスケアサービスです。イギリスでは誰もが知る企業です。
手頃な価格の医療サービスを世界中に提供する医療の民主化をモットーとしています。最近では米国にも進出し、市場の拡大にも積極的です。
バビロンはモバイルアプリケーションを介してテキストやビデオメッセージングで医師や医療専門家とのリモートコンサルテーションを提供しています。
ユーザーはテキストメッセージで、同社の医療専門家チーム(医師、看護師、セラピストなど)に質問や写真を送信することができます。また、発熱、喉の痛み、アレルギー、風邪などの一般的な症状の質問に答えるために、臨床医とビデオ相談を行うこともできます。そして、ユーザーが専門医師などの紹介を受け取ることも出来るのです。また、薬の処方箋の発行や薬局への手配、病気や健康での不安を相談することも可能です。
社名は古代都市のバビロンに由来します。古代バビロニア人は、市民による医学的関心と治療方法などを共有していたことで、その時代において平均寿命が世界的で最も長かったと言われています。そのような理由から医療・健康に奉仕する意味での会社名らしいです。因みに創業者のアリ・パルサ氏はイラン生まれの元銀行員です。
●AIロボットによる診断の自動化
そしてバビロンが力を入れているもう一つの事業が「AIドクター」の普及・拡大です。
2018年6月、ロンドンの王立内科医協会(Royal College of Physicians)で、バビロンは大勢の聴衆の前で「AIドクター」を披露します。
バビロンがトレーニングを行ったAIに、MRCGPテスト(研修中の一般開業医師が受けるテスト)を受験させたのです。その結果、バビロンAIのスコアは82%でした。このテストの過去5年間の平均スコアは72%です。つまり、AIが人間の医師を上回ったのです。
バビロンのエンジニアは、AIに患者とのやり取りを学習させ、このテストに合格させることに成功したのです。
問診で病気の症状、生活習慣、過去の病歴などを絞り込んでゆき、疾患のビッグデータから、3分で可能性のある病名を弾き出す、この診断エンジンは大きく注目されます。
バビロンはAIドクターを使うことで医療費を抑え、NHS(国民保険サービス)や保険会社のコストを削減することが可能になり、不必要な通院を減らすこともできると言います。
さらに、医療コストの3分の2は人件費であり、人間の医師とAIを組み合わせたバビロンの医療アドバイスを導入すれば、診断コストと人員の削減にも繋がり、医師は時間を効率的に使うことができると提唱しています。
●今後も成長するバビロン
バビロンが注目されたことで、患者や市民による一般開業医師からバビロンのサービスに切り替える人々が続出しました。
バビロンのサービスは医療コストを削減することが可能であることが判ると、NHSは契約を結びます。
そして、今まで医師が家庭を訪問して行っていた診断を、アプリやチャットボットを活用したものに置き換えてゆくことになります。こうして、バビロンにとっての最大顧客はNHSとなったのです。
バビロンの急速な進化と技術に対する信頼性に懸念も浮上しましたが、バビロンの勢いは衰えることはありませんでした。それは、医療に対する国民の不満が後押ししたのかもしれません。
以後バビロンは、大手生命保険会社との契約、投資家からの巨額な資金調達を実現し、米国やアジア地域で新たな市場開拓を進めつつあります。
●イギリスでも成功
AIチャットボットにより、初期段階の症状チェックを実施する。これは個々人の診断歴やビッグデータ解析の結果をもとに行われます。イギリスでは、それなりに良い結果が期待できるとして、AI診断が容認されているのです。
その結果を基に医師の診断が必要であれば、病院の予約をアプリで行うことも出来ますし、病院に行けない場合はリモートでの診察も可能です。
イギリスでのオンライン診療は、民間企業の力により成功したと言えるでしょう。これは米国と同じです。
デジタル化によって大きく変えられた従来の常識に国家が追従する状況が、医療に新たな波をもたらしていることは間違いありません。同時に新たなビジネスを生み、そこに巨人が出現する。その歴史を繰り返すことは、社会の発展にもなっているのです。
●技術は人のためにある
イスラエルの軍事技術が印刷物製作の機械に応用されたものを見たことがあります。軍事技術のみならず、国家の有する技術が応用された例はいくつもあります。
デジタル技術においても先進国の国家機関の技術を応用すれば、オンライン医療における応用があってもよさそうなものですが、米国も英国もオンライン診療の普及には、民間企業とその技術が大きな役割を果たしました。
医療に対する国民の不満解消に取組むべきは政府であり、その担当機関が行って然るべきです。政府が声を上げても、オンライン診療の問題解決に大きく貢献したのは英米共に民間企業でした。それは、国家の技術を応用したと言えるものではありませんでした。
結果として、国民の不満と新型コロナウイルスの拡大により民間の技術に依存したことで、新たな医療と診療が形成されたことになったのです。
国がやるべきか、民間にやらせるべきかという議論もあるかもしれません。しかし、医療や健康については、国の努力がもっと欲しいと思えてしまうのです。日本だけのことではありません。その証拠に、英米だけでなく、医療のオンライン化が進んだ国に共通することは、国民の「不満」が大きな要因となっているのです。



