最終更新日:2022年6月25日
お酒とタバコに要注意…日本人が「食道がん」になりやすいワケとは?最近の治療・診断についても紹介
こちらの記事の監修医師
相馬中央病院
齋藤 宏章
日本人に多い「食道がん」。飲酒と喫煙はハイリスク要因
「タバコはやめたほうがいいですよ」「お酒は控えめに」…喫煙や飲酒をやめるよう、医師から助言を受けたことがある人もいるかもしれません。タバコや飲酒が引き起こす健康の問題は数多ありますが、今回はその中でも食道がんについて書いていきます。
日本では2018年には2万5920人が食道がんにかかっていると報告されており(全国がん登録罹患データより)、男性では7番目に多いがんです。そのほとんどが、「扁平上皮(へんぺいじょうひ)がん」と言われるタイプのがんであり、喫煙の習慣や飲酒の習慣は食道扁平上皮がんのハイリスクであることが知られています。三度の食事より、お酒が好き、タバコも好きだという人は要注意です。特に、お酒を代謝しづらい、いわゆる赤ら顔になりやすい人は、食道扁平上皮がんのリスクが高いと言われています。
なぜ日本人は食道がんになりやすいのか?
飲酒をすると唾液中にアルコールの代謝成分であるアセトアルデヒドが分泌されますが、これを飲み込むことで、食道を慢性的に刺激し、発がんを誘発するのではないか、と言われています。アセトアルデヒドを分解する酵素であるALDH2が遺伝的に不活性である人の割合は、アジア人、特に日本人などの黄色人種(モンゴロイド)には多いために、アジアでは食道扁平上皮がんが多いとされています。
また、最近の研究ではヒトパピローマウイルス(HPV)も食道扁平上皮がんの発生に関わっている可能性が示唆されています。2014年に発表された124の研究結果をまとめたメタアナリシスでは、食道がんの約30%にHPVの感染が認められ、特に食道がんの発生率の高いアフリカやアジア、中国では多いという結果になりました。まだ因果関係や発生の原因に関わっているかは不確かであり、ワクチンなどの予防策を構築するためには、より研究が進むことを待つ必要があります。
食道がんを早期発見するためには…
食道がんは進行すると食道の中を狭めるようになります。「食事が食べられなくなって」や、「最近食べ物がつかえるような感じがする」という主訴で来院され、内視鏡検査で食道がんが見つかることがあります。そのような症状がある場合には胃カメラを受けてみることも大事です。
一方で、早期の段階では症状は出ません。症状が出る前の段階で見つけることができれば、治療できる可能性が高くなりますから、飲酒、喫煙の習慣がある方や、胃カメラで食道が荒れていると言われた方は定期的な内視鏡検査を受けるのが良いでしょう。
最近の「食道がん治療」のトピック
食道がんの治療はその進行の状態や、罹患された方の状態によって細かく戦略が分かれますが、内視鏡治療、手術、化学療法(抗がん剤)、放射線治療が治療の主な柱となり、これらを組み合わせて治療を行うこともあります。ここでは最近のトピックとして、内視鏡診断・治療と抗がん剤治療について取り上げたいと思います。
■早い診断で低侵襲な治療を可能にした「内視鏡診断」
早期の食道がんに対しては内視鏡による切除を行うことができます。手術と比較して、入院期間も短く、身体への負担が少ない内視鏡治療ですが、対象となるのは、がんが食道の粘膜層という一番浅い層にとどまっている場合です。さらに深い層にがんが浸潤していると考えられる場合には、手術や、放射線化学療法が勧められます。したがって、ごく早期の段階で病変を見つけることが重要です。
食道がんの早期発見には内視鏡の改良が非常に役に立っています。中でもNBI(Narrow band imaging=狭帯域光観察)という、特定の色味を強調することによって食道表面の血管構造などを詳細に観察できるようにした機能は重要です。2010年に発表された研究では、従来の通常の光のみの観察では食道がんのうちの55%のみを発見したところを、NBIを使用することで97%の割合で発見することを可能にしたことが示されました。
食道がんを発見するために食道にヨード剤を散布し、病変を検出することは現在でも有効な手立てとして実施されていますが、2014年に発表された論文では、NBIの機能はヨード剤散布と同等の成績で食道がんが検出できることが示されています。NBIの機能は、今では最新の内視鏡機種では標準的に搭載され、早期の食道がんの発見に役立っています。
さらに、治療の方法の選定には、食道がんが深達している深さの推定が重要になります。深さの推定には、内視鏡で分かる食道がんの外形(盛り上がりがあるか、陥凹があるかなど)、内視鏡の先端に超音波がついている超音波内視鏡による検査などの結果を元に総合的に判断します。また、食道がんは深く根を張るようになると、表面に見えてくる血管の模様が異なってくることが分かっています。現在国内で発売されている最新の観察用の内視鏡スコープは最大で125倍に拡大できる光学ズームが搭載されており、表面の血管の構築模様を顕微鏡のように観察することで深さを推定します。
このように、早い段階にがんを拾い上げる、早期治療の対象であるかを見極める点において、内視鏡の機能と技術の進歩が役立っています。
■抗がん剤治療では、有力な「免疫チェックポイント阻害薬」が登場
ここ数年で食道がんの抗がん剤領域で注目を集めているのが、免疫チェックポイント阻害薬の登場です。免疫チェックポイント阻害薬は体の免疫ががん細胞を攻撃する能力を保つように作用する薬剤で、従来の抗がん剤とは異なった仕組みになります。皮膚がんや、肺がん、腎臓がんなどに大きな効果を示すことが示され、臨床でもよく使用されています。免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、進行食道がんに対する化学療法の選択肢がこの数年でも目まぐるしく、変化しています。
日本では食道がんへの治療としては2020年3月に初めて、免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブが進行食道がんの2次治療の一つの選択肢として推奨されるようになりました。これは1次治療を終了した進行食道がんの患者に対して、既存の治療薬で治療をした場合の全生存期間中央値8.4ヵ月よりも、ニボルマブのみを投与した場合には10.9ヵ月と良好な成績を残したという試験の結果が示されたためです。
ついで、2020年10月には同じく免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブが進行食道がんの2次治療薬として推奨されるようになりました。
1年後の2021年11月には、ペムブロリズマブは既存の治療薬と併用して進行食道がんに対する1次治療薬で用いられることが推奨されるようになりました。これは、日本を含める26ヵ国が参加したKEYNOTE-590試験で良好な結果が得られたためです。ペムブロリズマブを併用して治療した場合、併用しない従来の治療のみの場合に比べて、約5ヵ月間、全生存期間中央値が上回っていました。同時期に、ニボルマブは手術後に投与する、補助化学療法として使用することも推奨されるようになりました。
2022年に入ってからも有力な試験結果が相次いで報告されています。2月にはニボルマブと、別系統の免疫チェックポイント阻害薬であるイピリムマブを併用した治療法の第3相試験の結果(CheckMate-648試験)が報告されました。試験では、進行食道がんの初回治療として既存の化学療法のみを行った場合は全生存期間の中央値が約11ヵ月でしたが、ニボルマブとイピリムマブの2種類の免疫チェックポイント阻害薬の投与を行う場合と、ニボルマブと既存の化学療法の併用を行う場合は、全生存期間の中央値が両者ともにおよそ13ヵ月と、従来治療よりも約2ヵ月上回る成績を残していました。これを受けて、日本では6月にはニボルマブと既存の治療の組み合わせ、ないしはニボルマブとイピリムマブの2剤の併用が1次治療として強く推奨されることとなりました。
2022年4月には、中国のInnovent Biologics社が開発している免疫チェックポイント阻害薬のシンチリマブを使った第3相試験の結果が掲載されました。これは1次治療として食道扁平上皮がんに対して、従来の抗がん剤のみの場合と、シンチリマブを併用して使う場合を比較した試験でしたが、従来のみの抗がん剤を使った場合に比べて約4ヵ月の生存期間の延長を認めました。
また、詳しい成績は不明ですが、同じく4月にノバルティス社の免疫チェックポイント阻害薬チスレリズマブも1次治療として化学療法と併用することで、従来治療を上回る結果を第3相試験で残したことがアナウンスされています。この薬剤は食道がんに対する治療薬として米国と欧州で審査が進行中です。
このように、日本では現在、ニボルマブ、ペムブロリズマブ、イピリムマブの3種類の免疫チェックポイント阻害薬が食道がんに対して使用できるようになっていますが、今後も新しい薬剤の登場や、治療薬の組み合わせなどによって、より効果的な治療方法が考案されていくと思われます。
診断と治療の発展が目覚ましい食道がんの分野ですが、やはり肝心なことは、喫煙や飲酒を控えるような生活習慣の改善と、定期的な検査を受けることだと思います。
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こちらの記事の監修医師
相馬中央病院
齋藤 宏章
相馬中央病院 内科
日本内科学会 認定内科医
福岡県福岡市出身。福岡県立修猷館高校、東京大学医学部医学科卒業。
2017年より宮城県仙台厚生病院消化器内科に勤務し、内視鏡をはじめとする消化器内科疾患全般の診療に従事、2022年6月より福島県相馬中央病院 内科に勤務。2019年より、福島県立医科大学医学部博士課程にも所属している。
AIをはじめとする、内視鏡診断・治療に関わる研究や、消化器系のがん検診の実態と課題の解明に関わる研究、製薬企業の医師に対する謝礼金の実態を分析する研究など、医学領域の研究に広く取り組む。
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