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最終更新日:2022年7月26日

歯科治療で後悔しない意思決定を行うために

こちらの記事の監修医師
東京医科歯科大学病院 歯科総合診療科
礪波 健一

(画像=stock adobe.com)

インフォームド・コンセントについてご存知の方も多いと思います。治療に際し患者さんが事前に十分説明を受けた上で自分に合った選択肢を選ぶという医療の原則です。

歯科は救急外来のように患者さんやご家族の方が命にかかわる重い決断をしなければならない状況は少ないのですが、私の勤めている職場では、例えば歯を抜くとか、入れ歯にするとか、そういったことで決心がなかなかつかない患者さんは珍しくありません。

ひょっとしたら、その「意思決定の難しさ」の背後には、考え方のくせのようなものが影響していことも考えられます。そこで、今回は人間の考え方、思考法に着目し、インフォームド・コンセントでの「意思決定の難しさ」について、皆さんと一緒に考えたいと思います。

考え方の2つのモード

実は、医療従事者と患者さんとでは、病気について考え方の「モード」が異なると言われています。ブルナーという心理学者によれば、人が自分の経験を解釈する方法には論理科学モード(logico-scientific mode)と物語モード(narrative mode)の2種類があるとのことです。

医療従事者は経験(過去のデータ)から、次に使えるような正しい規則を追求する論理科学モードで考えます。一方、患者の立場に立つと、人は自身の経験を時間の順番にならべて理由づけ、解釈し物語的に理解しようとします。これが物語モードで、時間的な順番が必ずしも因果関係と対応しているわけでないので、正しさでは論理科学モードに劣ります。

モードの違いが決めにくさの原因?

医療従事者は専門家の責任として病気について論理科学モードで正しさを追求する、患者は病気について物語モードで自分事として解釈しようとする、この両者の思考モードの違いが、インフォームド・コンセント時に患者さんの意思決定を難しくしている原因のひとつなのではと私は感じています。

特に医学的正しさが多くの場合、「何%の人に副反応が生じる」など確率で示されるのが曲者です。数字は大小に意味を与える基準が別に用意されていないと使い物になりません。さらに、病気が自分事である患者さんは身体がひとつしかないので、多い少ないというグラデーションよりは、ある出来事が「起こる」「起こらない」の2択として捉えます。

当然、悪いことは100%「起こらない」ことを願いますので、医者から「確率」を聞いても、自分事として利用するのは難しいと思われます。ある人は、「悪いことが少しでも起こるなら今のままでいいや」と思うかもしれません。これは、人間の考え方のくせ、現状維持バイアスといわれるもので、ニュースなどで聞くワクチンの接種忌避などの問題にも関係していると言われています。

価値に基づく診療

このようなインフォームド・コンセントにまつわる問題は以前から指摘され、これまでいろいろな議論がかわされています。例えば、最近では「価値に基づく診療」の考え方が日本語に翻訳・紹介されていますが、そこでは医療従事者がただ科学的正しさを患者さんに押し付け決心を迫るのではなく、正しさと患者さんひとりひとりの自分事と、どう折り合いをつけるのか調整していく、その具体的なステップが紹介されています。

このような医療のしくみに関する研究が進めば、患者さんが今よりも苦痛が少なく、質のよい自己決定を行うことができるようになることが期待されます。

100%の正解はない ~医学情報の使い方~

以上、意思決定の難しさは、私たちが自分事を考えるときの物語モードと、医学的な正しさを考えるときの論理科学モードのギャップが理由ではないか、という観点で考えてきました。では、患者の立場になったとき、よい意思決定、後悔しない意思決定をするためには何に気を付ければよいでしょうか。

まず、100%すべてを満足させる正解があるという幻想は手放す必要があるでしょう。例えば、100%病気を予防するし、100%副反応がないワクチンは理想ですが、残念ながら現実的ではありません。この場合、現実にフィットするには病気の予防か、副反応の回避か、どちらを優先するかを考えるのが妥当と思います。

では、その優先順位はどのようにして決められるでしょうか。予防できる確率と副反応が生じる確率を比べますか?では、予防が副反応の確率をどのくらい上回ればワクチンを打ちますか?究極、その判断は1人ひとり異なるものかもしれません。

その場合、何を優先するかの最終判断は自身が何を一番大事に思うか(価値観)で決断するしかなく、医学的正解はそれを助ける材料ということになります。

僕らは物語を生きている

ところで、患者さん自身の価値観はその人の生い立ちや経験をもとに形成されるため、価値判断は物語モードの思考になります。正確さに劣るためインフォームド・コンセント時の厄介者のように思えた物語モードですが、実は不要どころか自己決定に不可欠な思考法であると言えます。

ブルナーは論理科学モードと物語モードはお互いに補い合う思考法であるとコメントしています。また、先に紹介しました「価値に基づく診療」では、医学的な正確さと患者さんの価値観のバランスを重視しています。

こうした物語モードの思考を有効に働かせ、適切に価値判断するために必要なのは、「物語を更新する」ことです。重篤であればあるほど、病気を受け入れるということは苦痛を伴います。

しかし、それでも我々は何等かの決断をし、生き抜かなければなりません。人生という物語に突然乱入してきた病気に意味を与え新しい日常を再構築することが、病気と合理的に向き合う力を与えてくれます。そのために、ご自身が何を大事にしてどんな物語を生きているのか、自分の価値観に気づき、未来に向かって物語を更新しつづけることが、後悔しない意思決定をするために有効なのではないか、というのが私の結論です。

こちらの記事の監修医師

東京医科歯科大学病院 歯科総合診療科

礪波 健一

ジャパンオーラルヘルス学会歯科ドック認定医・予防歯科認定医/公認心理師。東京医科歯科大学歯学科卒業し同大学院に進学。大学院修了後、同大学病院歯科総合診療科に勤務し現在に至る。全国から歯科難症例が集中する本院は、複雑な症状を訴える患者さんが多く、医学的観点のみならず心理社会学的な分析スキルを用いた診察が必要となる環境に身を置く。初診の現場では多様な患者さんのニーズにこたえる全人的歯科医療を展開しており、これまでに得られた20年間の知見を社会還元すべく教育、研究にも携わっている。