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コロナ禍で有名なドクターの医師人生に影響与えた、ディズニーランドの教えとは?[水野先生インタビュー前編]

最終更新日:2021年10月21日

水野泰孝 先生の独自インタビュー取材記事

〇病院名 :グローバルヘルスケアクリニック
〇医師  :水野泰孝 先生
〇アクセス:東京メトロ有楽町線 麹町駅東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅
〇診療科 :内科/感染症内科/アレルギー科
〇経歴  :学歴
私立駒場東邦中・高等学校(1982-1988)
昭和大学医学部医学科(1988-1994)
東京慈恵会医科大学大学院医学研究科(熱帯医学専攻)(1998-2003)
長崎大学熱帯医学研究所(1999)
(Diploma in Tropical Medicine)
タイ王国マヒドン大学熱帯医学部(2001)
(Diploma in Tropical Medicine & Hygiene; DTM&H)
バングラデシュ国下痢症疾患研究所(2002)
(Workshop on Emerging and Re-emerging pathogens)
連合王国ロンドン大学公衆衛生・熱帯医学部(2005)
(Travel Medicine Short Course)
職歴
東京慈恵会医科大学付属病院 臨床研修医(1994-1996)
東京慈恵会医科大学付属柏病院・第三病院 小児科助教(1996-1998)
東京慈恵会医科大学付属病院 感染制御部 診療医員(2003-2004)
国立国際医療センター(現:国際医療研究センター)国際医療協力局 厚生労働技官(2004-2005)
国立国際医療センター病院 国際疾病センター(現:国際感染症センター)厚生労働技官(2005-2010)
外務省 在ベトナム日本国大使館 一等書記官兼医務官(厚生労働省より出向)(2007-2009)
国際協力機構(JICA)感染症顧問医(2009-2017)
厚生労働省羽田空港検疫所 非常勤医師(2011-2019)
東京医科大学病院 感染制御部・渡航者医療センター 准教授(2010-2018)
東京医科大学病院 感染制御部 部長(2013-2015)
東京医科大学病院 感染症科 診療科長(2013-2015)
東京医科大学病院 国際診療部 部長(2016-2018)
一般病院・診療所 非常勤医師(2017-2019) 東京都(杉並区、新宿区、葛飾区、世田谷区、千代田区、調布市)、神奈川県(横浜市、川崎市)、千葉県(松戸市、流山市)、埼玉県(所沢市、三郷市、蕨市、羽生市、吉川市、上尾市)、栃木県(真岡市)、群馬県(渋川市)、茨城県(古河市)、山形県(庄内町)、岩手県(奥州市)、北海道(旭川市、釧路市、月形町、江差町)、熊本県(天草市)
役職
日本感染症学会評議員
日本熱帯医学会評議員
日本化学療法学会評議員
日本渡航医学会評議員
日本臨床寄生虫学会評議員
日本小児科医会国際委員長
国際協力機構海外協力隊派遣前訓練 感染症講師
株式会社 わらべや日洋ホールディングス釧路工場 嘱託産業医
株式会社JM 嘱託産業医
社会福祉法人ちとせ交友会 嘱託医
株式会社 電通 感染症対策アドバイザー
東京都三鷹市 感染症対策アドバイザー
認定資格
日本感染症学会認定感染症専門医・指導医
日本小児科学会認定小児科専門医・指導医
日本アレルギー学会認定アレルギー専門医
日本医師会認定産業医
日本感染症学会推薦インフェクションコントロールドクター(ICD)
身体障害者福祉法指定医(免疫機能障害)
国際渡航医学会認定医(CTH® )
米国熱帯医学会認定医(CTropMed® )
一般旅行業務取扱管理者
PADIスクーバダイビングインストラクター(OWSI)
日本臨床内科医会認定医(~2013)日本人間ドック学会認定医(~2014)日本温泉気候物理医学会温泉療法医(~2015)日本化学療法学会抗菌化学療法指導医(~2017)

「ザ・ドクター」は、フリーアナウンサーの松本志のぶさんが、医療の最前線で活躍するドクターをご紹介する番組です。

今回は、「グローバルヘルスケアクリニック 水野泰孝ドクター」にスペシャルインタビューを行いました。

 

松本志のぶアナウンサー(以下:松本アナ)

こんにちは。ドクターインタビューの時間です。
今回のゲストはグローバルヘルスケアクリニック 水野泰孝ドクターです。
ドクターよろしくお願いいたします。

水野泰孝ドクター(以下:水野ドクター)

よろしくお願いします。

松本アナ

ではまず初めに簡単ではございますが、ドクターの略歴をご紹介させていただきます。
1994年昭和大学医学部を卒業された後、東京慈恵医科大学大学院医学研究科を修了。医学博士となられました。
大学病院や国立国際医療研究センターで感染症内科の臨床試験を積まれ、海外留学や海外赴任など数々のご経験を経て、現在は日本感染症学会評議員を務めていらっしゃいます。

ということで改めましてよろしくお願いいたします。
水野ドクターは本当に様々なメディアで拝見しております。今、大忙しくでいらっしゃいますが、感染症内科のドクターとしてご存じだと思いますが、小児科のドクターでもいらっしゃるんですね。

水野ドクター

大学卒業してから大学病院の小児科の医局に入りました。あとは一応その中で研修をして小児科の専門医を取得したので一応肩書き上は「小児科医」ということになります。

小児科ではなく内科志望だった理由

松本アナ

元々、小児科医を目指していらっしゃったんですか?

水野ドクター

そうですね。大学を卒業してからは小児科に入ることになったわけなんですけども、ただ自分の中では内科志望だったんですね。
私の父が小児科医で都内で開業していましたので、なんとなく小児科になるのではないかなと、レールの上に乗っかったというところがあるんですが、ただ実は私はあまり子どもは得意ではなく本当にできるのかなと思いながら小児科には入ったんです。が、やはり心の中ではやはり内科になりたかったので小児科に入った後にどうしたら内科に移れるかなということを試行錯誤しながら専門医までは取ったということです。

松本アナ

内科医になりたかった理由は何だったのですか?

水野ドクター

学生の時に何人かおじいちゃんおばあちゃんの患者さんを受け持ちになって、やっぱり色々自分のおじいちゃんおばあちゃんの事とか思い浮かんだりして。やはり会話をするとそれに対して答えてくれるというのがあるので、どちらかというとやはり子どもはあまり得意ではなかったので、そういったところもあって消去法で内科の方がいいかなというような感じになったわけですね(笑)

松本アナ

(笑)
今は大丈夫ですか?子供相手でも?

水野ドクター

今は大丈夫です。うちの子どもはいるんですけれども、あまり話はしないですね(笑)。

大学時代は東京ディズニーランドでアルバイト

松本アナ

ちょっとびっくりしたんですけれども、学生時代にちょっと珍しいアルバイトをされていたと。

水野ドクター

夢と魔法の王国と呼ばれている東京ディズニーリゾートの、ランドの方を。

松本アナ

東京ディズニーランドで?

水野ドクター

大学の1年から大学の5年生までの5年間。

松本アナ

何をやってらっしゃったんでしょうか?

水野ドクター

アトラクションキャストという・・。

松本アナ

「さあみんな!」って言う・・?

水野ドクター

その通りです。「さあみんな!」とは言いませんが、それに近いようなキャストをやっておりました。

松本アナ

アルバイトと言いましても本当にいろんな種類があって、いろんな選択肢があると思います。例えば家庭教師だとか塾の講師だとか。そういったことも含めて、なぜ東京ディズニーリゾートを選ばれたんですか?

水野ドクター

まずディズニーランドを選んだ理由っていうのは別に大した理由ではないんですけど。当時家庭教師は当たり前だったので、当たり前のことはしたくなかったんですね。みんなと同じことをするのが嫌だったので、それが一つあります。
後は医学部というのは非常に閉鎖された空間なのでできるだけ、色々な分野の学生さんと知り合いになりたかったっていうこともありました。
それからあとは単純なんですけれども遊園地でアルバイトをすればタダで中に入れるだろうと、こういう非常に単純な考えでした。
今になってみればディズニーランドは30周年くらいですかね、なっていますが、当時は5周年だったのでまだまだそんなに認知度が高くなかったんですね。だから簡単な考えで遊園地の中に入れるというそれだけの話です。

松本アナ

でも、それだけ長く続いたということは何かしら、ここが好きだなとかいいなとか、何かちょっと学べるものもあるな、とかはありましたか?

水野ドクター

ありましたね。やはりディズニーランドの入職時のオリエンテーションもあるんですけども、そこで出てくる言葉というのがいろんな本とかにももう出ていますけれども、「S・C・S・E」という4つの頭文字があって、これはSafety(安全)・Courtesy(礼儀正しさ)Show(ショー)・Efficiency(効率)という4つがあるんですね。
これに私はすごく感銘を受けたといいますか、感動したといいますか。すごく理解を示して社会人になってからもその4つは今でも実践しています

松本アナ

東京ディズニーリゾートの教えが今、医師として役に立っているんですか?

医師人生にディズニーランドの考えが活かされている

水野ドクター

役に立っています。

松本アナ

特にどのような部分でしょうか?

水野ドクター

私のクリニックでのコンセプトとして一番上に掲げているSafety(安全)っていうのがあるんですけど、これはもちろん医療安全は極めて大事なんですけれども、色々な企業とかでも安全というのは言われます。乗り物でも建設物件でもそうです。ただこの「S・C・S・E」の中で私が一番実践しているのがShow(ショー)なんですね。Showというのはエンターテイメントのショーです。

松本アナ

なんか一番関係ないように見えますけど・・。

水野ドクター

一番かけ離れているように思えるんですけれども、これは何故かというと私は人生は一つのドラマだと思っていまして。医者になってから患者さんを相手に、話をしている所は常にカメラが回っていると意識しながら自分はキャストであって相手の方はゲストであって、その中で一つのドラマを作っているような、そういう意識で27年間ずっと仕事をしてきたつもりです。

そうすると必然的に自分がお客さんから見られている。芸能人みたいなことを言っていますけれども、でも実際にそういうことをすることによって自分を常にブラッシュアップする、自分の言っていることがどう反応するのかというのを考えながら仕事ができるので、だから本当にこのどれも大事なんです。
Courtesy(礼儀正しさ)」も、もちろんそうですね。あと「Efficiency(効率)」という、これもクリニックのコンセプトに入っています。効率よく仕事をするっていうのはこれは社会人としては非常に重要なことだと思います。
だけれどもそれよりも何よりも、常にこう誰かが見られている、常にカメラが回っているような状況で人生を歩んでいきたいなと、これからもショーは続けていきたいなと思ってます。

松本アナ

誰かから見られているということは間違ったこともできないし、手を抜くことのできなくなりますね。

水野ドクター

そういうことですね。ですのでまさにそれがすごく生きてるし、後はディズニーランドで色々なお客さんと会話をしたりとかするのが、まさに今のナレーションと言いますか、これがテレビに出たときに非常に役立っているわけなんです。

松本アナ

でも、お医者様ってやっぱり対面での診察の時にお話をお聞きするときに、やっぱりはっきりとわかりやすく伝えてくださるお医者さまだと、こっちは安心するんですよね。

水野ドクター

とにかくわかりやすく丁寧に話すことは心がけていますので、特にテレビとかは非常にそれは大事だなというのはさらに実感したところではありますね。

松本アナ

もうドクターの人生にものすごい影響を与えた時間だったんですね。
先程ちょっと小児科から内科に移りたいっていう気持ちがあったっておっしゃってましたけれども、そう言いつつも小児科医としてスタートされて最終的に感染症内科に幅を広げられたわけですよね。これはどういったきっかけがあったんでしょうか?

感染症内科に広げたきっかけ

水野ドクター

元々、小児科の領域の中でも感染症という領域は興味があったんですね。もちろんお子さんはほとんどが感染症です。その中でたまたま私が研修医の時に上司だった方がWHOから帰られてきたばかりの方で、非常に海外での感染症の話をしてくださったんですね。例えばマラリアとかデング熱とか。ですのでそこで非常に私は興味を持って。

中学生の頃から海外で仕事をしたいなというのは漠然と希望があって、医者になっていなければ外交官とか、あるいはパイロットとか海外に行って仕事したいなと思ってたんですよね。そういった時に海外で医者の仕事ができることを実感して、それでやはり感染症というのは世界的にも多いし開発途上国では感染症で亡くなるお子さんがいっぱいいることも知ってですね。本当に感染症というのはすごく興味を持って、それで大学院に行く機会があってそこで今まさに自分の専門である熱帯医学という分野に巡り会ったということです。
出会いは非常に私は大事だなと思っていますし、そこで先生と会うことがなかったら自分は普通に病院の医者として何もしないで終わっていたかもしれないですね。

松本アナ

一病院の医者が何もしないわけではないですけれども(笑)。今の道につながったわけなんですね。

後編に続く


インタビュアー

松本志のぶ

静岡県浜松市出身。上智大学外国語学部卒業後、日本テレビに入社。「24時間テレビ」総合司会、「行列のできる法律相談所」レギュラーMCなどを務め、報道・情報・ニュース・バラエティ各種番組で活躍。2009年よりフリーアナウンサーとして、TBS「教科書にのせたい!」レギュラーMCなども務め、また、テレビだけでなく、報知新聞「報知映画賞」選考委員や、クラシックコンサートの司会、子どものための読み聞かせコンサートでの朗読など、活動の場を広げている。